令和4年2月24日(木)、第126回家庭医療セミナーをオンライン形式で開催しました。
今回は、当院総合診療科の永井拓先生の事例発表を基に進めました。
始めに、葛西先生からコメントがありました。
「こんばんは。ロシアのウクライナ侵攻のニュースで、今は暗い気持ちです。30年前に研修医としてトレーニングしていたバンクーバーでは、家庭医としてウクライナ系カナダ人の方々も診ていました。第二次世界大戦やその後のヨーロッパの混乱により、カナダまで命からがら逃れてきた人たちです。思い出深い患者さんも何人かいました。この状況に胸が痛みますし、怒りも覚えます。あいさつになりませんが、どうにかならないかと思っています。」
事例発表 かしま病院総合診療科 永井拓
患者は76歳女性。x(入院日)-5年にA医院で糖尿病と診断され、経口血糖降下薬が開始されました。
x-1年に左大腿骨転子部骨折があり、B病院で手術(人工骨頭置換術)を施行しました。通院の都合を考慮し、A医院の糖尿病内服をひとまとめにして、B病院整形外科で糖尿病の内服も含めて定期的にフォローされていました。
その後右膝の疼痛の訴えがあり、右変形性膝関節症と診断され、手術を行う方針となりました。しかし術前採血で糖尿病の悪化を認めたため、近医内科で糖尿病治療後に手術することとなりました。
x-3日にCクリニックを受診したところ、血糖450mg/dl、HbA1c 13%と高値を認めたため、入院加療目的でx日に当院入院となりました。
ここでディスカッションです。
・この患者さんにどのような治療を行っていくか
・他にどのような情報を収集すればよいか
についてブレイクアウトルームに分かれて検討します。
ディスカッションでは、以下のような意見が挙がりました。
追加で欲しい情報は、糖尿病の治療歴、家族の状況、介護申請されているか、本人がこの状況をどう考えているかなど。
治療については、術前ということを考えるとインスリン導入が必要。治療後にB病院に戻ってからの対応を考えないとまた同じ事態になる可能性がある。栄養指導などで生活面にも介入する。
糖尿病の合併症の評価やインスリン分泌量を考慮して治療方針やスピードを決めていく。手術が近いのであれば、インスリンを早めに投与するという意見も出た。
家族の状況が知りたい。左大腿骨骨折後の生活はどのようなものだったのか。また、菓子パンが好きという情報から、食生活も気になる。
手術を前提とするのであれば、合併症の評価は必要。人工関節の手術だとするとリスクも高くなるので、手術自体が中止になることもありうる。仮に手術をしたとしても、術後に糖尿病をどこで管理するのかを明確にする必要がある。
事例の続き
入院後は内服に加え、本人が手術を希望されていることからインスリン注射を開始しました。
入院当初の永井先生の考えは、手術をするのであれば厳格な血糖コントロールが必要なため、ある程度インスリン量を調整した上で、退院後もインスリン継続、血糖コントロール良好となったら手術をお願いする流れで考えていました。
しかし、入院してしばらくすると、問題点が見えてきました。
①インスリン自己注射が難しそう?
看護師が本人にインスリン自己注射の介助、指導をしていますが、なかなか手技を獲得することができない(単位数間違え、消毒忘れ、から打ち忘れなど)
②家族のサポートが期待できない?
兄は80代と高齢であり、代わりにインスリンを打つことが難しい。市内在住の長男は、持病のため東京に通院する必要があり忙しく、直接的なかかわりが難しいとの情報あり。第一連絡先がケアマネージャーになっていることからも、親族の関わりがあまりないことが伺える。
入院して数日後にICを実施して長男、ケアマネと話をしました。
長男の話
伯父(患者と同居の兄)とは弟(患者の次男)が亡くなる前にいざこざがあり、ほぼ絶縁状態。伯父は親族からも煙たがられており、長男自身も伯父と同居している限り近づきたくないとの話あり。
ケアマネの話
要介護4。前回の骨折際に認定。デイサービスを週4回、ヘルパーを週3回(本人2回、兄1回)今度訪問看護等を導入するにしても、週一回が限界だと思う。
ここで再度ディスカッションです。
・今後この患者さんにどのような治療を進めていくべきか
・退院後はどのように見ていくべきか
ディスカッションでは、下記のような意見が挙がりました。
兄にどのくらい協力してもらえるかがカギになると思う。長男は兄と絶縁状態だが、母をケアしたいと考えていれば長男がキーパーソンになってくれるかもしれない。兄にアプローチして、ADLがそこそこあり、認知症もない場合はケアに関わってもらっていもいいと思う。家族会議ができればよい。糖尿病について、どのように生活するのが大事なのかという知識も確認が必要だと思う。
まず手術をするのかどうかを決めた方が良い。手術をする場合は厳格な血糖コントロール、しない場合は日常生活レベルのゆるい管理でも良いと思う。膝の痛みや家族関係の問題、インスリンの自己注射が難しいという状況を考えると、手術をしてもADLが落ちていきそうな印象。生活面も含めてサポートしていく必要がある。
手術をする合理性があるかどうかしっかり判断しなくてはならない。合併症、認知機能、手術をしてどのくらいまでADLが改善するのか、現時点で日常生活の対応能力があるのかなどの検討が必要。手術自体が危険である可能性があるので、今の状況を見極める必要がある。手術をする合理性が高くないと判断された場合は、対応可能な医療機関に管理を依頼する必要がある。
訪問看護や、デイサービスに行った時だけインスリンを使用するという方もいるので、そういった方法もある。
事例の続き
インスリン療法を開始後、血糖の推移を見ながら注射回数を減らしていく方針に切り替えました。最終的には一日一回昼食前の注射になりました。HbA1cは、入院一か月後13.2%、一か月半後10.5%、二か月後8.9%と順調に改善していきました。
入院中にB病院の整形外科医とやりとりをした結果、現時点で手術に踏み切るのは難しいということで、同整形外科に通院しながら再検討することとなりました。糖尿病については当院外来でフォローしていき、当面はインスリンを継続することになっています。しかし自己注射には不安が残るので、デイサービス利用の際やヘルパーに見守りしてもらうなど、可能な範囲で注射してもらう体制をとりました。
事例は以上となります
発表者の永井先生からコメントです。
「家族のサポートが難しい糖尿病患者の症例を経験しました。入院当初は家族背景の情報が足りていなかったので、早めにそういった情報を聴取する必要があると感じました。整形外科に通院先が変わった中で内服も統一された経緯があり、整形外科で内科のことや生活のことまで相談する時間が取れなかったのかなと感じました。かかりつけ医の重要性を再認識しました。」
藤原先生
「入院中に頑張って血糖コントロールしても、退院後に食生活が乱れる方は多くいらっしゃいます。左大腿骨転子部骨折による入院中の内服コントロールを継続していた結果、今回のようなケースになったのだと思います。退院後は食生活や消費カロリーも変わってくるので、その後の生活を踏まえて管理していく必要があると思います。
葛西先生
「永井先生、発表ありがとうございました。皆さんもディスカッションお疲れさまでした。B病院整形外科では糖尿病についてどう考えていたか気になるところですね。術前採血で高血糖を認めたということは、それまでは確認していなかったのかなと考えてしまいますね。今回はかしま病院外来でフォローしていくということなので、いい連携をとっていけたらと願います。兄や息子がケアに関わってくれるようになるといいと思います。どうもありがとうございました。」
次回開催予定:2022年3月24日(木)19:00~
当セミナーへの参加につきましては、
かしま病院地域連携課
TEL:0246-76-0350
Mail:kashima.hospital@gmail.com
までお問い合わせください。
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