令和4年10月20日(木)、第133回家庭医療セミナーを開催しました。
今回から、リアルでの参加も可能となり、オンラインと合わせたハイブリット開催となりました。
今回は、総合診療科・福島県立医科大学地域・家庭医学講座、専攻医3年目の原國悠先生が症例を発表しました。
症例発表
【患者】小松 達夫(仮名) 58歳 男性
【症状】左心源性脳塞栓症でリハビリ入院中
【家族】奥さんと2人暮らし
小松さんの妻は、原先生と会話中で号泣。「私はもう死んでしまいたい」という発言有り。妻は参っていた。
その原因としては、
・父親が終末期の状態
・母親が大腸癌・要介護状態
・精神的支えの夫(患者)が脳梗塞 という状況があった。
【患者の小松さん】
リハビリは予想以上に順調で、五か月後、自宅生活可能なADLとなった。しかし、失語は改善せず、簡単な理解は可能だが、言葉は表出できない状況。
【小松さんの妻】
月1回の家族カンファでの会話では、抑うつ、不眠、無価値観、不安などの症状があり、近くの精神科クリニックを受診し「適応障害」と診断。入院を希望したが、今の状態では入院のレベルではないとうことでできなかった。
【退院後の方針】
妻は、「一緒に暮らすことはできない」と明言。しかし患者と再び暮らせることに心動く様子もあり。そのため、患者は施設入所、妻の状態が落ち着き次第、同居調整へ。
患者の弟や妹は当人たちに任せているというスタンス。
そして、入院生活が続き、月日が経ったときにある出来事が起きました。
患者の妻は縊頸した状態で発見され、当院に救急搬送されました。
ここでグループディスカッションです。
ディスカッション❶
原先生の考えは、「心停止時は夫の気持ちを考え蘇生行為は行うが、長時間は行わず夫に同伴してもらう」
原先生が悩んだこと
・理由は不明確だが、夫に会いに行くべきと感じる・・・
①会いに行くべきなのか?(会うことが害になるのでは?)
②自分に何ができるのだろうか?(何もできないのでは?)
③どんな声かけをすれば?(どんな言葉も無意味では?)
④あるいは、黙って側にいるか。しかし意味があるのか?
➡原先生の悩みにどう答えますか?
>>>ディスカッションの前に補足の説明
・小松さんの当時の状態はどうだったのか。
小松さんは、ADLの基本的な部分はクリアできている状態。高次機能で言えば、短文での理解は可能になった。言葉の表出はできない。入院後、奥さんとは1、2回しか会ってない。(家族カンファで来ていただいた時だけ)
・小松さんと奥さんはどんな仕事をしていたのか。
小松さんは肉体労働、工場の管理、実務の責任者であった。奥さんは、銀行員(結婚してからは専業主婦)。家事などやりとりが不得手であり、それを夫がカバーしている関係であった。子どもは作らなかったようだ。
ディスカッション後の発表では、以下のような意見が出ました。
会いに行くべきだろうという意見は多かったが、客観的な理由を挙げるのが難しい。
やるべきことが明確でないのなら、会いに行かず時間を置く。ご主人の気持ちとしては、妻のことを考えているのであれば、自分のところよりも、奥さんの方にいて対応してほしいと感じるのではないか。
どんな声掛けをするかという点については、原先生の立場になったと仮定すると、ごめんなさいと謝りたいという気持ちが出てしまう。謝りたい気持ちを押し殺しつつ、大変なことが起きましたね。お気の毒でしたが、と言葉を濁す。あとは喋りすぎずに沈黙を使い側にいる時間を作る。
奥さんが自殺を図ってしまった背景として、奥さんが旦那さんに依存していた状態だったこと、コロナ禍であって病院側も面会もできず柔軟に動けなかったこともあるのかと思う。コロナ前であれば、旦那さんのリハビリで回復していく姿を見ることで、旦那さんの存在が心の支えになるということもあったのではないか。
会いに行くべきか?については、月1回の家族カンファを行っていたとのことで、原先生と患者さんと妻は強固な関係性が築かれていたと思うので主治医としては会いに行ってしまうのではないか。
先生自身が、感情の渦に巻き込まれてしまっているので、ワンクッションを置いて、他のチームのメンバーと感情を共有してから、自分の感情を落ち着かせて会いに行く、その上で、傾聴するといった手法があると思う。
小松さんのその後の経過についてです。
原先生の考えは、二次的な自殺を防ぐために、会いに行く(様子は見に行く)
会いに行って何をすべきか、何を言葉を掛けなくともそばにいることで、患者さんの気持ちが放出されるのでいいのではないか。
夫婦間はとてつもなく良かったのではないか。という思いがありました。
迷いの中、原先生は指導医に相談をしました。
指導医からの後押しを受け、側にいることの力を信じ、小松さんに会いに行くことにしました。
小松さんは、原先生を見ると、泣き出し、奥さんの名前をうまく発音できないながらも声を発していたそうです。
ディスカッション❷
・脈チェックで「ROSC」を確認した。
・夫は安心したようだった。
・原先生は「いいようのない気持ち悪さ」と「後悔」を感じた。
➡「こんなこと」(心肺蘇生)をいつまでも繰り返すのでしょうか?
奇跡的にROSCしたが、いずれまた心肺停止になってしまうし、心臓マッサージをするのかどうか先が見えない繰り返しになる。ある程度区切りをつけなければいけない。波形は戻ったが生きているかどうかについては、なかなか現実的には見込みが厳しいことをお話して受け入れてもらうしかない。
個人的な意見としては、こういうときにお医者さんがある程度コンダクト(指揮)しなければならない。原先生の気持ち悪さはそこではないか。
後日、特例で小松さんは妻の葬儀へ参列しました。
帰院後は、原先生をはじめスタッフに感謝を伝えていたそうです。
その後は、大きく取り乱すことなく、入院生活を継続しています。
今回の件を通して、妻を想う小松さんへ尊敬の意を抱き、
側にいることに関しては半信半疑だったが、側にいる重要性を感じることができたそうです。
【葛西先生の講評】
原先生は専攻医3年目ということですが、すごくいい専門研修をしていますし、子弟の関係もいい感じで肩を押してくれるというのはいいと思いました。
自分がレジデントとして勤務していた時は、そこにいなさい「”be there”」と言ってもらったことがあります。
僕もその時は、流産をしたお母さんのところに行きなさいと言われて、行って何をしたらいいのかわからない。
だけど何かをしなければならないといけないってわけではなくて、そこにいなければならない、”be there”ということですよね。
家庭医、総合診療医にとってクリティカルな患者さんとのやり取りをしなきゃだめな時を経験したんだなという風に思いました。何年かした後に、原先生が指導医として誰かやんちゃな専攻医にいろいろ言われたときに、側にいなさいと言えるでしょう。頑張ってください。
次回の家庭医療セミナーは11月24日(木)19時から開催です。
家庭医療セミナーでは多くの方のご参加をお待ちしております。
興味をお持ちの方は下記までご連絡ください。
かしま病院地域連携課
TEL:0246-76-0350
Mail:kashima.hospital@gmail.com
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