令和4年9月15日(木)、第132回家庭医療セミナーをオンライン形式で開催しました。
今回は、東京慈恵会医科大学付属病院の太田陽一朗先生が症例を発表しました。
症例発表
【患者】85歳 男性
【主訴】体動困難
【現病歴】X年7月23日体動困難出現
X年7月26日家族が尿量の減少に気づき救急要請 同日入院補液開始
X年7月29日状態改善見られたため退院
X年7月31日朝から冷房のない部屋のベッド上で臥位のまま体動困難
夕刻に便失禁もあり、ヘルパーから救急要請、再度入院
【既往歴】認知症(近医脳神経外科)
高血圧(近医内科)
【常用薬】脳神経外科:シロスタゾール、メマンチン、ツムラ抑肝散
内科:アムロジピン、アロプリノール、タリオン
【家族歴】特記事項なし
【アレルギー歴】なし
太田先生は、プロブレムリストととして下記の7つを挙げました。
#医療面
#脱水症・熱中症疑い
#体動困難
#尿量減少
#社会面
#認知症・BPSD症状
#要介護4
ここでグループディスカッションです。
・ここまでの本症例の問題点は何でしょうか
・もし自分がかかりつけ医なら、非専門医として認知症管理を行う際に何を重視すべきでしょうか
ブレイクアウトルームに分かれて話し合います。
ディスカッション後の発表では、以下のような意見が出ました。
短期間のうちに自宅で2回熱中症になってしまったということで、家族からこれまでにどんなサポートがあったのか、あるいはサポートがなかったのか、サポートしきれなかったのか、という部分から問題点が見えてくると思う。認知症管理については、今までどういう経緯で現状に至っているのかという点に注目する。本人の認知症のことはもちろんのこと、家族の生活背景などからも介入のポイントが見つかるのではないかと思う。
認知症の経過を詳しく知りたい。週6日デイサービスに通っていながら2回も脱水になったことから、なぜ水分を取れなかったのかを深掘りしていく必要がある。水分摂取を拒否しているのか、認知機能の低下によるものか、妻が愛想をつかしているので飲ませないのか、というところから家族の抱える問題を明らかにしていくことができるのではないか。また、そこから家族に対するケアも必要になる。ACPを取るなど、先を見据えた介入が必要なので、今後主となって対応する医療機関をどこにするのか決めておく必要がある。
長谷川式で0点になるくらい認知症が進行していて、短期間で2回熱中症になってしまっていることが問題。自宅での介護環境が整っていないと見られる。認知症の内服薬が処方されているにも関わらず長谷川式0点のため、内服ができていないことも疑われる。
太田先生から症例発表の続きです。
このケースの問題点を整理しました。
・認知症の進行により、自力での日常生活が困難
・家族、施設のサポートが必須であるにも関わらず、BPSD症状が強いため双方分離しかねない状況になっている
・短期間のうちに複数回入院が必要な状況になるほど自宅での介護環境が整っていない
入院後の経過
・点滴加療、飲水励行のみで全身状態は著名に回復
・BPSDは易怒性による暴力や暴言、自己抜糸等が目立っていた
・医療者側の対応としては、会話の傾聴、需要的態度、怒りが強い場合は
少し時間をおいてから処置をするなどの対応をしていた
ここで2回目のグループディスカッションです。
・本症例のように、家族に対して過度な暴力をふるう患者への有効策はどんなものがあるでしょうか
・非医療者(患者家族や友人)から見たBPSDの対処法についても考えてみましょう
ディスカッション後の発表では下記のような意見が出ました。
認知症によって夫婦の関係性が変化してきている。妻は、これまで頑張って介護してきたからこそ疲れを感じていてつらく当たってしまうかもしれない。今後介護サービスを調整すると同時に、夫婦関係の再構築が必要。精神科に紹介する場合、症状を抑えるために投薬量が増えてオーバードーズになってしまう恐れがあるため、その場合どの医療機関が対応するのかも重要。
介護者の不注意によって暴力が誘発されることもあるので、適切な介護環境の調整をする。認知症によって介護者の負担が増えると、口調がきつくなったり、否定するような態度で接してしまうことがあるが、患者さん自身は人としての尊厳は保たれている。本人が元気だった頃に何を大切にしていたのかといった、自尊心を高めるような行動や環境を整えていくと、暴力やBPSD症状を抑えることができるのではないか。精神科への紹介を検討されているとのことだが、ポリファーマシーなってしまうこともあるので、状態を見ながら薬剤を調整していく必要がある。
BPSDに対しては、ユマニチュードなどの基本的な認知症患者との接し方を家族や友人に共有していくことも必要。認知症の家族を持つ同じ境遇の方が集まる場などに参加してみてもいいかもしれない。
ここでBPSDへの一般的な対応について説明がありました。
・傾聴、共感、受容的な話し方など、患者さんのことを思って接することが大切
・服薬調整や落ち着く場所の確保
・無駄の薬の減薬や一部中止
等が挙げられます。
最後に本症例のまとめです。
国内の認知症専門医が足りておらず、かかりつけ医が認知症の対応をせざるを得ない現状があるとのことです。
太田先生の発表は以上です。ありがとうございました。
最後に葛西先生から講評です。
太田先生、プレゼンとディスカッションの問題提起ありがとうございました。いろいろと考えさせられる内容で、ディスカッションは非常に盛り上がったのではないでしょうか。認知症の専門医とは何を指すのかという話ですが、認知症だけを診る専門医のことを指すのかというとそうではなく、患者さんを色々な角度から診なくてはなりません。また、家族や介護者の精神的疲労のケアも非常に大変で、日本では介護者のうつ病へのケアがほとんどされていないという現状もあります。我々総合診療医や家庭医はいい意味で認知症の専門医と言えるのではないかと思います。
今後私が認知症になって、主治医が対応に難渋しているという話を聞いたら、映画さえ見させておけば大人しくしています。音楽やアロマ、動物などBPSDに効くというエビデンスもありますので、ぜひ皆さん私に映画を見せてください。半分冗談ですが、こういう多面的なアプローチをすることも大事ですね。
薬のこともありましたが、今飲んでいる薬を本当に必要なのか精査したり、効果が無いようであればバッサリやめてみることも必要です。一方で、うつ症状や不眠など、強く出ている症状に対して薬物療法を試ることも大事になってくると思います。本日はありがとうございました。
家庭医療セミナーでは多くの方のご参加をお待ちしております。
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