令和3年10月28日(木)家庭医療セミナーを会場とオンラインのハイブリッド形式で開催しました。
まず初めに、10月からかしま病院に入職した、永井拓先生の紹介です。
永井先生は、地域・家庭医療学講座の専攻医です。
永井先生が自己紹介スライドを作ってきてくれました。
北海道で高校まで過ごし、大学から福島県に来ました。
福島市の大原総合病院で初期研修を終え、地域家庭医療講座に入局しました。
初期研修の中で、高齢になると多くの疾患を発症し、複数の医療機関に通院している人が多いと感じました。そのような患者さんからは、医師に相談しても、専門である一つの疾患しか診てもらえないという相談が多くありました。ちょっとした症状でも気軽に相談できる診療科はないのか、と思ったのが家庭医を志したきっかけです。
永井先生、かしま病院の職員としてこれからよろしくお願いします。
事例発表
発表者:東京慈恵会医科大学附属病院2年 初期研修医 杉村峻先生
66歳男性の症例です。
デイサービス利用中に悪寒が出現し、かかりつけ医を受診しました。
39.1℃の発熱と、SPO2が76%に低下したため、即日入院目的で当院へ搬送されました。
【既往歴】
2型糖尿病、慢性心不全、甲状腺機能低下症、持続性心房細動、高尿酸血症
【生活歴】
独居、自立歩行可能、ADL自立している。遠方に兄弟がいるが疎遠。
【入院時身体所見】
身長170cm 体重103kg BMI35.6 高度の肥満を認める。
体温39.0℃ 血圧113/63mg 心拍数107bpm SPO2 96%(酸素5L)
意識清明
呼吸音清、雑音なし 心音整
右下肢に発赤、腫脹あり。疼痛なし、触覚低下あり。
【入院時検査所見】
CRP 1.51 WBC 8650
胸部CTで明らかな肺炎像なし。
エコー上で明らかな水腎や胆嚢の腫大なし。
熱源は右下腿の蜂窩織炎によるものと考え抗生剤加療(ABCP/SBT)を開始。
翌日には解熱し、全身状態も改善。治療は奏効し退院可能となりました。
症状が落ち着き退院可能となったものの、入院中の言動から認知症が疑われました。HDS-Rを実施したところ12点でした。
その他にも入院生活に支障をきたす行動が見られました。
また、下腿の蜂窩織炎の痛みを感じない程度まで糖尿病性末梢神経症が進行しているようです。
このような状況から杉村先生は、今回の入院でADLが低下し、自宅に帰れないのではないかと感じたそうです。
ここでグループディスカッションです。
・現段階で、この男性が家に帰ることができると思うか。
・男性の状況、入院についてどんな印象を受けるか。
について話し合います。
男性の状況についての追加情報
・仕事はしておらず年金で生活している
・遠方の兄弟とはほぼ絶縁状態
・成年後見制度を利用しており、後見人がついている
・要介護1の認定を受けており、 デイサービス等の利用をしている
ディスカッションの結果発表です。
・このまま自宅に帰るのは難しいため、施設入所の検討も必要かもしれない。
・認知機能は、入院を契機に一時的に低下したものかもしれないので、しっかり鑑別する必要がある。
・患者本人がどうしたいと考えているのかを聞きたい。
⇒本人は、自宅に帰りたいと毎日訴えている。
・自宅に帰りたいという希望であれば、家屋状況等の確認をしたうえでサポート体制を整える。
・認知症の可能性もあるが、もともと知的障害があるかもしれないので、教育歴等の確認をしたい。
・66歳で年金受給だと受給額が少ないので経済的な心配がある。
・後見人がどのような経緯で決まったのか気になる。行政が介入したのか、兄弟が縁を切りたいから後見人を決めたのかわかれば、家族との関係性が見えると思う。
・家に帰ることはできるとは思うが、このまま帰っても予後は良くないと思う。
などの意見が出ました。
ディスカッション後は、事例の進行に戻ります。杉村先生は、退院に向けて詳しい状況を確認するため、まず男性本人と話をして生活状況を確認しました。
その後、MSWから、
・小規模多機能型居宅介護を利用中。
・毎日午前中に訪問介護で掃除や食事準備、午後に服薬確認のための電話連絡などのサービスを受けていた。
・一人で公共交通機関を利用したり、食べたいものを買ったりしているようだった。
・排泄は自宅のトイレで一人で可能。
・成年後見制度を利用しており、補助人が契約や金銭管理を行っている。
という情報提供がありました。
ここで再度グループディスカッションです。
この男性のように、自宅退院することが心配な患者さんについて、
・どのような経過をたどることが多いのか
・どのようなことを考えたうえで退院させるのか
について話し合います。
ディスカッションの後の発表では、
・施設入所は、経済面や入所後にトラブルを起こしてしまう可能性を考えると難しそう。
・本人の意思を確認しつつ、介護サービスの見直しをして自宅退院という流れになると思う。
・知的障害があるかもしれないので、成育歴、家族歴を知っている人を見つけるのも重要。
・本人や関係者と話をしながら、何が足りないのか、どんなサポートが必要なのかを検討していく。
・小規模多機能の場合、介護保険の限度額の問題が出てくるかもしれない。場合によっては小規模多機能の利用は止めて、デイサービスと訪問介護に絞ってサービスを見直していくことも検討する。
などの意見が挙がりました。
杉村先生はディスカッション結果を受けて、
「様々なご意見ありがとうございます。もともと知的障害があるかもしれない、という意見は自分の中になかったです。将来的に主治医としてこういった患者さんを診ていくにあたって、キーパーソン、成育歴、家族歴などから見ていかないといけないと思いました。」
とのことです。
ディスカッション後は事例に戻ります。その後杉村先生は、HDS-Rだけでは状態を正確に評価できていないのではないかと考え、CGA(高齢者総合機能評価)について聴取してみることにしました。CGAについて調べて、簡易版である「Dr.SUPERMAN」による評価を行うことにしました。この評価方法は、ベッドサイドで簡単に行うことができます。
「Dr.SUPERMAN」 とは、評価項目の頭文字から名づけられています。
S (Sensation:視覚、聴覚などの感覚)
U (Understanding of speech:言語理解)
PER (Pharmacy:服薬、Key person:介護者など)
3つのM (M1/Mentality:精神・M2/Mobility:運動・M3/Micturition:排尿)
A (Activity of daily living:日常生活動作)
N (Nutrition:栄養)
評価の結果、問題があるのはU、M1、Aの3か所でした。
HDS-Rの結果と比較すると、それほど悪い結果ではなく、ここに考え方のギャップが生じていると感じたそうです。
「初めてDr.SUPERMANを実施してみましたが、その結果をどのように退院後のマネジメントに生かしていくのかピンときていませんでした。今回のディスカッションを通して、評価の活かし方を考えることができたので良かったと思います。」
成年後見制度についての解説もありました。
杉村先生自身が、成年後見制度について理解するために調べたそうです。
最後に、本事例を通してのまとめです。
今回の事例から、退院後の生活や患者の生活背景にまで目を向けて考えること、患者自身にしっかりと目を向けて考えること、多角的に評価すると見えてくるものがあることなど、多くのことを学べたそうです。
杉村先生、事例の発表ありがとうございました。
杉村先生の発表を受けて、当院医師からのコメントがありました。
「CGAは本来ものすごく手間がかかるものです。今回は簡易版の評価ですが、評価で引っかかったところを個別に詳しく調べると、認知機能障害のほかに原因がある可能性にもう少し早く気付けるかもしれません。ほとんどの病院では、高齢者の機能評価を包括的に管理してもらえる看護師がいますので、評価をうまく活用できる仕組みを知っておくとよりスムーズに診療できるようになると思います。」
最後に葛西先生の講評です。
「CGAを実施するのには、本来時間も労力も必要です。今回発表にあった Dr.SUPERMAN については、簡単な評価をして、問題が見つかったらさらに掘り下げていくような使い方をすると、非常に使い勝手が良いと思います。これからCGAは、より簡便な方向に進んでいくように見えます。私が1990年代にカナダで学んだときは、CGAを実施する時は施設に5日間ほど入所していました。家庭医、老年精神科医、OTPT、等いろいろな人たちが包括的に評価するのがCGAです。先ほど話した通り、これからはもっと簡単なツールを使ってピックアップした問題を、さらに掘り下げていく手法になっていくと思います。」
「私事ですが、来月11月25日に、家庭医についての世界で一番大きな学会である『WONCA World Conference』にWEB参加する予定なので、プレゼンの準備で忙しくしています。そのような舞台で講演するのは最初で最後のチャンスになると思うので、できるだけ良い話ができればと考えています。年明けの家庭医療セミナーで、講演がどうだったかお話しできればと思います。」
次回開催予定:11月18日(木)19:00~
当セミナーへの参加につきましては、
かしま病院地域連携課
TEL:0246-76-0350
Mail:kashima.hospital@gmail.com
までお問い合わせください。
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