双葉町診療所 白𡈽正人先生にインタビュー

 令和6年4月18日に、双葉町診療所に勤務する白𡈽正人先生を訪ねて双葉町へ向かいました。白𡈽先生は、令和4年6月から令和6年3月まで当院総合診療科で勤務した、現在70歳のベテラン医師です。当院では総合診療科で勤務しましたが、それまでは耳鼻科一筋の専門医でした。70歳を目前にして、全く別の診療科に踏み込むことを決意した白𡈽先生。そのきっかけや思いをお聞きしました。

 双葉町は東日本大震災の原発事故の影響により、町の大部分が帰還困難区域に指定されています。JR双葉駅東口には町役場が構えており、役場職員の姿はありましたが、住民の姿は見当たりません。見晴らしの良い駅構内からあたりを見渡すと、道路工事や陸橋の建設が進められており、住民よりも工事の作業員の方が多いのではないかと感じました。双葉町は一部地域で帰還が可能になったし復興は進んでいるんだろうな、というぼんやりとしたイメージがありましたが、実際に訪れてみると、まだまだ復興途上であると実感しました。

 現在白𡈽先生が勤務する双葉町診療所は、JR双葉駅西口を出て目の前にある、町で唯一の医療機関です。お昼前に診療所に入りましたが幸い患者さんはおらず、診療所のスタッフさんと白𡈽先生が快く迎えてくださいました。

 

(広報)本日はよろしくお願いします。まずは、改めてこれまでの経歴をお聞かせください。

(白𡈽)生まれは富岡町夜ノ森です。有名な夜ノ森の桜のすぐ近くに生まれました。医師免許を取得して、結婚を機に双葉町へ移りました。その後東日本大震災震災があり、3年ほど会津で過ごしましたね。それからはいわき市の病院で勤務し、かしま病院を経て、現在は双葉町診療所に勤務しています。

(広報)医師を目指したきっかけは何かあったのでしょうか?

(白𡈽)高校の時に不登校気味になったので、精神科を受診する機会がありました。それを機に興味を持って精神科医を目指したのですが、研修でいろいろな経験をして私には少し難しいかなと思い、別の診療科を選ぶことにしたんです。私は幼いころに長らく耳鼻科に通院していて、身近に感じていた耳鼻科医の道を進むことにしました。かしま病院に来るまでずっと耳鼻科医として勤務していたので、経験は40年ほどですね。

(広報)40年ですか!それほど長く耳鼻科医として活躍されてきた先生が、なぜ総合診療を学びたいと思ったのでしょうか?

(白𡈽)まず、新型コロナウイルスによって耳鼻科の診療に大幅に制限がかかったことが始まりです。コロナの感染拡大初期は未知の感染症として扱われていて、患者さんに安易に触れられないので処置もままならず、思うように診察ができない状況が続いていました。

 そんな中で、双葉町診療所を開設するので医師として勤務できないか、という声がかかったんです。医師として長年勤務してきましたが、これまで地元に貢献できていなかったので、引き受けたいという思いはあったのですが、耳鼻科での経験しかない私が、専門外の症状の患者さんが来るであろう診療所で診察をする自信がありませんでした。そこで、患者さんを幅広く診ることができる総合診療科で勉強をしたいと考えインターネットで検索したところ、いわき市のかしま病院が見つかりました。高齢の私を受け入れてくれるだろうか、迷惑ではないだろうかなど色々考えたのですが、ダメもとで電話をかけてみました。総務課に電話が繋がり、総合診療科で学びたいことを伝えたところ、中山文枝先生に電話が回りました。事情を話したところ、直接会って面接をすることになりました。

 面接当日は文枝先生と渡辺聡子先生にいろいろ話をさせていただき、文枝先生からは「私も50歳を過ぎてから病院総合医の資格を取得しました。学ぶのに年齢は関係ありません。」という温かい言葉にとても励まされ、総合診療科で勤務しつつ学ぶことが決定しました。研修プランは渡辺聡子先生に立てていただき、週3日の勤務がスタートしました。

(広報)全く違う診療科での勤務となり、大変ではなかったでしょうか?

(白𡈽)大変でしたね(笑)。私が医師になった頃は現在のような研修制度が無かったんですよ。医師免許を取得したら、すぐに耳鼻科での勤務だったので、耳鼻科以外の経験や知識が全くありませんでした。だから総合診療科では知らない単語や知識が飛び交っていて、まさに浦島太郎状態でした。

 耳鼻科では、患者さんが訴える症状に対する処置が中心だったので、問診や電子カルテの操作をすることがほとんどなかったんですよ。だから初めて問診を任されたときは、言葉が出てこなくて全く上手くできなくて…。他の先生の問診をよく聞いたり、記録を見返したりして勉強しましたね。電子カルテの操作は、かしまの先生方だけでなく、研修医の皆さんにも教えてもらったりしながらなんとかできるようになりました。

 看護師さんからも教えてもらうことが多く、外来や病棟でいろいろお声がけいただきました。患者さんのことを他の先生に相談したいと思った時に「今〇〇先生の手が空いているので相談できそうですよ」と声をかけていただいたときは本当に助かりました。

 あとは私の年齢もあり、教えてもらったことを忘れがちで、記憶力低下との戦いでもありました。勉強会のために事前に予習をしても、それを忘れてしまうこともあり苦労したことを覚えています。

 それと…正直な話、学ぶべき立場である若い研修医や医学生がいる中で、高齢の私が学ぶことに後ろめたさを感じることもありました。そんな中で、外来診療に来ている西村優樹先生が、いつも冗談を交えながら皆さんとの仲を取り持ってくれて、本当にありがたかったです。西村先生や研修医、医学生が参加する文枝先生の画像読影会では、自由に意見を言える雰囲気があり、楽しく学ぶことができました。単純撮影の大切さを知ることができ、読影に興味を持つきっかけになりました。

 苦労したことは多かったですが、やることなすこと全てが新鮮で、総合診療を学ぶことは楽しかったです。病院のスタッフは患者さんを良くするための仲間であると同時に、知らないことを教えてくれる先生だと思い様々なことを学ばせていただきました。

 

(広報)4月からは双葉町診療所での勤務となりましたが、診療所での勤務はいかがですか?

(白𡈽)双葉町に戻って来ているのは大体100人程度なので患者数はそれほど多くなく、1日で平均3~4人の患者さんが受診されています。風邪などの一般的な症状の患者さんや、慢性的な疾患の管理などで通院される方が多いですね。住民以外にも、双葉町で復興作業をしている方が、お昼休みを使って受診に来ることもあります。

(広報)診療所で勤務していて、かしま病院での経験が生かされていると感じることはありますか?

(白𡈽)かしま病院での経験が全て生かされていますね。かしま病院での経験がなかったら、双葉町診療所での勤務は不可能だったと思います。

 双葉町診療所は数名の医師が在籍していますが、医師は1日1名体制なので、すぐに相談できる先生がいないので不安もあります。ただ、中山大先生から「双葉町での診察で困ったことがあったらいつでも連絡ください」と言われていたので、心電図のことで電話相談をしたことがあり、丁寧に対応していただきとても助かったことがあります。そういった繋がりがあることがとても心強いです。

 それと、先生方からは指導の中でいろいろな言葉をかけていただきました。

 文枝先生がおっしゃっていた「診察ではまずは患者さんの人生に共感すること」、「医療で患者さんの苦痛を軽減できるが、やりすぎてはいけない」という言葉が今も心に残っています。

 退職される先生から引き継いだ患者さんに処方するときに、使ったことがない薬があったのですが、前の先生が出していたから問題ないと思い同じ薬を処方しました。そうしたら大先生から「前に出されていたからと言って、ずっと同じ薬を出し続けるのは医師とは言えません。患者さんの状態を見てその患者さんに合った処方をしていくのが医師です。」という言葉を頂き、その通りだと思いました。

 石井敦先生にもお世話になりました。ある糖尿病患者さんですが、薬での血糖コントロールがうまくできず悩んでいた時に「この患者さんはまだ若いんだし、患者さんとしっかり話をして、インスリンの注射にするか、専門の先生に紹介するかしないと、この患者さんの人生は大きく変わりますよ」という言葉は印象に残っています。

(広報)これから学ぶ医師の皆さんにメッセージをお願いします。

(白𡈽)とにかく経験できるものは何でも経験した方が良いですね。経験があるのとないのでは全然違うので。教科書を読んでも頭に入らないことは、実際にその病気の患者さんを診ると頭に入りますし、色々なことを学んでおくと、患者さんを診る視点も変わるんです。専門医の道に進むと経験できることが限られてしまうので、学べるうちに何でも経験してみるのがいいと思います。

 あとはエコー検査ですね。侵襲性がないし、その場で検査できるので、ここのような小さな診療所では、極端な話エコー一つあれば大丈夫なんじゃないかと思っています。役立つ場面は多いと思うので、覚えて損はないと思います。

(広報)最後に一言お願いします。

(白𡈽)勤務最終日は思うように時間が取れず、先生方や看護師さんをはじめ、お世話になったのに挨拶できなかった人がいることがとても心残りでした。この場をお借りして改めてお礼をさせていただきたいと思います。

 この年で総合診療を学びたいという希望を受け入れていただいて本当に感謝しています。かしま病院での経験がなければ、今双葉町診療所で勤務することはできていないですし、残りの人生を豊かにしてもらったと思っています。かしま病院ではいとちプロジェクトでの地域活動も積極的に行っており、他の病院にはない魅力があると思います。今後も地域の病院として大きく発展していってほしいと思います。本当にありがとうございました。

 

 様々な症状の患者さんが来る診療所では、一人の医師が多くの患者さんを診る必要があります。地域から必要とされる医師になるために、目的を持って一から道を切り拓いていく力強さと、知らないことを教えてくれるのは皆先生だと謙虚に学ぶ白𡈽先生の姿勢に感銘を受けました。

 「復興途上なので町に診療所が一か所しかない」と聞くと不安に思うかもしれません。しかし「その診療所には、様々な患者さんを診察できるように一から学び直した医師がいる」と聞くと安心しませんか?双葉町に着いたときは「まだまだ復興途上」だと感じましたが、少なくとも医療についての心配はないと認識を改めました。これからの双葉町の復興を切に願います。白𡈽先生、ありがとうございました!

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